近代日本の身装文化(身装画像)
説明 華族の若君が外遊から帰朝、いましも新橋の東京ステーションに到着して家人の出迎えを受けている情景。帰朝者はたいてい彼の地の流行を身につけているので、着ている外套は日本でこの頃知られはじめたチェスターフィールド系のものだろう。ピンと横に固めた口ひげはドイツ風。外套の下は縞のズボンなのでモーニングか。.迎えている嫂は派手な好みの裾模様、とあるがやや江戸褄風に前褄に登っている。江戸褄はこの頃から芸妓のあいだではじまったもの。粋すぎるので、素人の婦人には如何にやと、『衣服と流行』(1895年)では言っている。季節は4月ということで袷の三枚襲か、たぶん裾綿はたっぷり入っていて、端折ってはいても、駅の床を掃くばかりに豊かに裾がひらいている。実際にはこういう効果は生じないはず。中央でお辞儀をしている袴の家扶は靴を履いている。この時期、和装でも靴の方が、草履や下駄より格が上、とされていた。右端の長身の男性の着ているのはフロックコートだが、やや不自然に丈が短い。(大丸 弘)
ID No. N92-002
出典資料 改進新聞
発行年月日 1892(明治25)年1月3日号 9面
画家・撮影者 橋本周延(楊洲周延)(1838-1912)
小説のタイトル 香炉峯(22)
作者 三品藺渓(1857-1937)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G3:[駅舎;空港]
Jmi:[見送り;出迎え]
Pov:[オーバーコート(外套)]
D1hi:[ひげ]
Vhao:[羽織]
Vham:[袴(男性)]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wka:[鞄]
時代区分・年代 19世紀終わり;1892(明治25)年
国名 日本
特定地域 東京;新橋
キーワード 八字髭;フロックコート;裾模様のきもの;羽織袴;山高帽子;トランク
男女別 男性;女性
体の部分 全身