近代日本の身装文化(身装画像)
説明 身体の不自由な父親を養うため、芸妓稼ぎに出ている娘。若い女性がほかに収入を得る方法もないではなかったが、器量のいい娘だったらいちばん手っ取り早いのが旦那取りをするか、芸者になるのが下町の常識。外結いの髪結さんに頭をしてもらっている。髪を結ってから出の衣裳を着るので、今はまだ家での恰好。外結いが少なくなって芸者も髪結さんの店に出掛ける時代になると、あたまは結いたての島田でふだん着姿の芸者を、通りがかりに見かけたりすることもあった。まだ眉を剃っている髪結さんは、自分の髪に櫛を挿しているが、お客さんの髪を結いあげるには種類の違う何本かの櫛を使うため、それをなにげなくひょいと自分の頭に挿したりする。こうしたこともだんだんと衛生上の問題になってゆく。(大丸 弘)
ID No. N92-003
出典資料 改進新聞
発行年月日 1892(明治25)年1月30日号 1面
画家・撮影者 橋本周延(楊洲周延)(1838-1912)
小説のタイトル 江戸小町(2):家族快(下)
作者 須藤南翠(南翠外史)(坎坷山人)(彩幻道人)(1858-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D1kep:[結髪;散髪;美容師;店舗・設備の一部(理容店・美容店の)]
D2ni:[日本髪一般]
Vka:[掛襟]
時代区分・年代 19世紀終わり;1892(明治25)年
国名 日本
キーワード 黒襟;鏡
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥