近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京駅、つまり新橋停車場(ステーション)に駆けつける人力。この絵では半分隠れているが、これは二人乗りの車。曳いている車夫は規則通り黒い半袖の半纏に半股引。はじめのうち夏場はむかしの駕籠かき同様、褌(フンドシ)ひとつの車夫もいたようで、このころになっても半股引も穿かない者が多く、取締の対象になっている(→年表〈事件〉1883年5月 「近頃の人力車夫の取締」読売新聞 1883年5月16日1面)。相乗りで停車場に駆けつけた二人は大阪へ行くのが目的だが、最終列車に乗り遅れた。東京・神戸間の鉄道の全通は1889(明治22)年憲法発布の前の年、小説中の年はまだ横浜・名古屋間はべつの方法――人力か船に頼るしかない。この時代、東京・横浜間の所用時間は約五十分から一時間。一日十二~十五便があり最終は東京発十時五分(1879(明治12)年)、料金は中等で十銭。(大丸 弘)
ID No. N86-002
出典資料 灯新聞
発行年月日 1886(明治19)年7月6日号 3面
小説のタイトル 宇治の花(12)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G4:[大規模建築物]
G3:[駅舎;空港]
G790:[人力車]
D4ji:[人力車夫]
Vhat:[半天;どてら]
Vmom:[股引]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 19世紀後半;1886(明治19)年
国名 日本
特定地域 東京;新橋
キーワード 半纏;半股引;素足;わらじ
男女別 男性
体の部分 全身;群像