近代日本の身装文化(身装画像)
説明 西国で悪事を働き、流れ流れて神奈川県の浦賀でオモチャ屋を営んでいる夫婦、運悪く故郷の知人の千金丹(センキンタン)売りが、たまたま店先を通って顔を見られる。この時代までのたいていの商店は、朝大戸を開けると間口一杯があけ放しの状態になるから、店に出ているかぎり隠れようがない。商店が正面をガラス戸にするのは1890年代後半(ほぼ明治20年代後半)のことになる(→年表〈事件〉1892年x月 「京呉服問屋市田、店舗改装の際、全面を硝子引き戸に」1892年x月)。手前の千金丹の行商はひとりは麦藁帽様のものを被り、もうひとりの方ははっきりしないが、同時代の巡査の制帽と同じ形の、浅い鍔(ツバ)付きのキャップかもしれない。こちらは黒羅紗らしい裏附きの合羽を着、二人とも商品の入っている革鞄を提げている。この時代、多くの家庭には富山の置き薬があって、ちょっとしたかぜや腹痛などはたいていそれで間に合わせたが、その外にも万金丹、六神丸、奇応丸などいろいろな薬の行商があり、それぞれに工夫した、特色のある恰好をしていた。心臓に奇効ありといわれた千金丹の行商は、地方では第二次世界大戦前まで見られたらしい。それを記憶している人によると、千金丹と筆太に書かれた白い蝙蝠傘を持っていた、という点だけがこの絵と共通している。(大丸 弘)
ID No. N83-006
出典資料 開花新聞
発行年月日 1883(明治16)年10月25日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jte:[商店の店頭・店内の情景]
D4ta:[行商人;旅商人]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Pma:[マント]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Wkas:[傘]
Wka:[鞄]
時代区分・年代 19世紀後半;1883(明治16)年
国名 日本
特定地域 神奈川;浦賀
キーワード おもちゃ屋;千金丹売り(せんきんたんうり);裏付きの合羽;革かばん;はしょり
男女別 男性
体の部分 全身