近代日本の身装文化(身装画像)
説明 上州高崎の町角で、田舎廻りの売卜者(バイボクシャ)(=易者)に近づく女。女は甲州育ちだが横浜で所帯を持ち、そのあと六,七年ほど東京で暮らし、いまは亭主と別れてこの辺りで養蚕の手伝いをしているという境遇。養蚕の手伝いという身分がはっきりしないが、絵の筆者にもそんなことはわからないだろうから、三十五になる東京の、貧乏人の女房の恰好と見ればよい。小紋のきものに黒襟を掛け、襦袢の襟をひきだしてそれが頬を包むほど。上に重ねた格子縞の半纏にも黒襟がかかる。きものの裾を褄取っているから、家では曳いていることになる。髪は前髪を散らしたじれった結びでもちろん手づくね。筮竹(ゼイチク)を手にしている易者は、深い菅笠を被って顔を隠している。易者にはもと士族の零落者が多かったため。(大丸 弘)
ID No. N80-006
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1881(明治14)年3月3日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ek:[易者;巫女;シャーマン]
Wkab:[笠]
D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2:[ヘアスタイル]
D1me:[眼・眉毛周辺の状態(眼・睫毛・眉の化粧)]
Vka:[掛襟]
Vna:[長襦袢;襦袢]
Vhat:[半天;どてら]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
時代区分・年代 19世紀後半;1880(明治13)年
国名 日本
特定地域 上州;群馬;高崎
キーワード 占い師;菅笠;じれった結び;眉落とし;黒襟;襦袢の襟;格子縞の半纏;褄取り
男女別 男性;女性
体の部分 全身