近代日本の身装文化(身装画像)
説明 横浜の下町に住む木挽き職人が、職人に学問は要らぬとひとりの倅(セガレ)を学校に上げず、そのため十一歳にもなって「無用の者入るべからず」の貼紙が読めず、遊び仲間から笑われている、という場面。どの程度のリアリティーを持って描いたのかは判らないが、横浜の宮川町というと、野毛、伊勢佐木町に近いこの時代でもけっこう賑やかな地域。子どもが袂のあるきものを着ているのは、東京の下町でいえば裏店の子ではない証拠。その中で木挽きの子というと短い股引にたぶん紺染めの半纏、ほかの子とちがって毬栗頭、というのは実際に一種の違いがあったのか、挿絵を描く人の親切心にすぎないのかはわからない。しかし半纏の下部に職人風の裾文字まで入れているのを見ると、この違いはやはり実際というより、描いた人の思惑らしく思える。(大丸 弘)
ID No. N80-005
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1880(明治13)年10月27日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D012:[男の子(小学生くらい)]
Vhat:[半天;どてら]
Vmom:[股引]
時代区分・年代 19世紀後半;1880(明治13)年
国名 日本
特定地域 神奈川;横浜
キーワード いがぐり頭;紺染めの半纏
男女別 男児
体の部分 全身