近代日本の身装文化(身装画像)
説明 記事の中身は紆余曲折だが、ここではこの頃のお産の情景を見る。三十円ほどの元手を借りて古着屋商売をはじめた若夫婦、といえば裏長屋住まいではないにしても、せいぜい一間半ぐらいの間口の店と六畳一間に台所、というくらいの家か。貧乏所帯にしては竈(カマド)拵えがずいぶん大きいが、これは構図上の都合だろう。お産というと大量の湯を沸かすのが男の仕事で、夫は立て膝をして片手に火吹き竹を持っている。竈でも七輪でも薪を使うには渋団扇と火吹竹は必需品、火吹竹は売ってもいるが、30センチくらいの竹を節一カ所だけ残して切り取ってくれば、簡単に作れた。夫の後ろには大きな盥。ふだんは井戸端での洗濯用だが、夏の行水にも使われている。今しも襷を掛けた産婆が、産婦の前をはだけさせて腹をさすっている。この時代まで、産婦の後ろに夜具を積んでの座り産がふつうだった。産所は小屏風で囲っている。この丈の低い屏風は便利なものなので、裏店の所帯にでもたいていはあった。いわゆる産所屏風などいう豪華なものではない。(大丸 弘)
ID No. N80-003
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1880(明治13)年5月15日号 2面?
小説のタイトル 利吉お梅の噺し(昨日の続き)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jsa:[出産;お宮参り]
D0ro:[露出;シースルー]
Vtas:[襷]
Wou:[扇子;団扇;扇風機]
時代区分・年代 19世紀後半;1880(明治13)年
国名 日本
キーワード 裏長屋;台所;部屋;お産;座り産;火吹き竹;渋うちわ;盥(たらい);屏風;産婦;産婆
男女別 男性;女性
体の部分 全身