近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉三人の男女が雪の降りしきる夕暮れの大阪の市中をゆく。これから木津の、目星をつけた家の土蔵を破るつもり。本文では男二人は同じ身拵えで、「鳥打帽に羅紗の蝙蝠合羽、尻を端折って長靴を穿つ」とあるが、挿絵では合羽を着ているのでわからない。挿絵の左の男は鳥打ではなく高帽を被り、角袖の、捩り(モジリ)風の外套のように見える。「蝙蝠合羽」という名前はほかにはほとんど出てこない。右側の男のがそうだとすると、これは二重外套の別称ということになる。この時代のいちばんふつうの言い方は「鳶(トンビ)」。長靴と言っているが、後に愛用されるようになるゴム長はまだこの時代にはないから、深いブーツだろう。女性も同様であるらしい。中央の女性はお高祖(コソ)頭巾に肩掛け、すなわちショールをまとう。いわゆる赤ケットのような安直な品ではなく、裾に房が付き、襟も付いた上等品は、たいていは輸入の高額品だった。似たものはすでに国内でも製作されていたが。差しているのは三人とも蛇の目の和傘。(大丸 弘)
ID No. N80-002
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1896(明治29)年8月22日号 7面
小説のタイトル 羽衣阿夏(はごろもおなつ)(31)
作者 城鴎汀(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jsi:[街・集落の景況;行き来の人の姿]
D5am:[雨や雪など、気象条件による服装]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vwa:[男性和装外套]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
Wzu:[頭巾;覆面]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Wkas:[傘]
D4ji:[人力車夫]
G790:[人力車]
時代区分・年代 19世紀後半;1880(明治13)年
国名 日本
特定地域 大阪
キーワード 山高帽子;鳥打帽子;鳥打ち帽子;こうもり合羽;[インバネス;トンビ;鳶(とんび);二重回し;二重廻し;二重外套;二重マント];御高祖頭巾;おこそ頭巾;房付きの肩掛け;蛇の目傘
男女別 男性;女性
体の部分 全身