近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉元伊予西条藩の藩士が、維新の際帰国の藩主に従って単身国元に帰った。東京に残された娘は六年後の1873(明治6)年、はるばる伊予の父のもとにたどりついた、という場面。娘を伴ってきた知人の男はまったくの昔風の旅姿、紺の脚絆に紺足袋草鞋履き、菅笠で尻端折り。娘の方は褄からげはしているものの、白の湯文字(ユモジ)に白足袋、白い鼻緒の草履で、きものと帯はふだんの恰好と変わりない。これで東京から四国までの旅ができたのかと怪しむが、かならずしも絵の粗漏というばかりではなく、江戸時代の女は、旅行をするとか遠路を歩くとかいうためのスタイルを、ほとんど持っていなかったのだ。(大丸 弘)
ID No. N73-004
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1881(明治14)年5月12日号 2面
画家・撮影者
タイトル
小説のタイトル
作者
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G05:[塀;門]
D5ry:[旅装;旅姿;旅装束]
Vkos:[腰巻]
Vta:[足袋]
Wzo:[草履;草鞋]
Wkya:[脚絆;脛覆い]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
時代区分・年代 19世紀後半;1873(明治6)年
特定通称名
国名 日本
特定地域 東京;四国;愛媛;伊予
キーワード 旅姿;褄絡げ;湯文字(ゆもじ);ぞうり;わらじ;尻端折り
男女別 男性;女性
体の部分 全身
関連情報
著作権情報
備考