近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京で中の上流階級くらいの生活を営む男女。男はもちろん仕事は持っているが、それよりも男と女の関わりのなかを生きているような人たち。夫が仕事に出たあと、夫の兄に誘われて子どもたちのいる家をあとにする妻。彼女はもうその家には帰らないつもり。「よそ行きに着替え、ふかぶかと襟巻に顎をうずめて」義兄の後に従っている。明治時代までの多くの家庭の女性は、数は多くても、種類はふだん着ているものと、紋付き裾模様の祝い着の二種類の衣服しか持っていなかった。それほど外出の機会がなかった。1910年代(ほぼ大正前半)あたりから、余裕のある階層の女性には訪問着というものができた。それがこの時代になると、訪問着とふだん着の間の、よそ行き着というものもできた。この人妻が断髪だとすると、このころとしては相当に、人目を惹くことを覚悟しなければならない。(大丸 弘)
ID No. N26-003
出典資料 読売新聞
発行年月日 1926(大正15)年12月15日号 4面
画家・撮影者 須藤しげる(須藤重)(1898-1946)
小説のタイトル 聖火(118):復讐(12)
作者 岡田三郎(1890-1954)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Pov:[オーバーコート(外套)]
Wne:[ネクタイ;ネックバンド]
D2da:[女性断髪]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
時代区分・年代 20世紀前半;1926(大正15)年
国名 日本
キーワード 中折帽子;中折れ帽子;ダブルのコート;肩掛け
男女別 男性;女性
体の部分 上半身