近代日本の身装文化(身装画像)
説明 ふたりの青年は中学時代の友達で、浅草の歌劇を見に行っての帰り、ひとりはうつむいて顔を隠している。偶然出逢った姉に見られないため。絵は黒く潰れていてわからないが、中学時代の制帽を、校章を取って被っている。外出するのに帽子は欠かせないように考える人の多かった時代、こんなことまでして古い制帽を利用した。世間的に学生が重んじられると同時に監督の眼も厳しく、学生風の若者が盛り場をうろついたり、寄席、活動館などに出入りすると、警官から学校名などを尋ねられることがある。和服を着ている学生がまだ多かったので、制帽、校章がだいじな身分の証しだった。学校を知られたくないために、制帽のクラウンの前の方を潰して、校章にかぶせてしまう被り方もあった。これだとハンチングに似た形になるということもあり、不良学生などがよくやっていた。(大丸 弘)
ID No. N20-001
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1920(大正9)年1月15日号 7面
画家・撮影者 幡恒春(1883-1944)
小説のタイトル 懸賞小説一等当選 地の果まで(15)
作者 吉屋信子(1896-1973)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ga:[学生・生徒(男子中学生以上)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vhao:[羽織]
時代区分・年代 20世紀前半;1920(大正9)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 学生風の若者;羽織紐
男女別 男性
体の部分 上半身;群像