近代日本の身装文化(身装画像)
説明 女子教育は近代化の大きな柱であったはずだが、女学校を舞台にした物語を読むたびに、女学校や女子教育者の多くが、因習と偽善で塗り固められていたかのような印象を受ける。この印象は、大きなリボンを飾った束髪と、メリンス友禅や銘仙の振袖のきもの、胸高の海老茶袴に踵の高い靴履き、という女学生のすがたに、どこか共通するアンバランス感とも言えそうだ。外泊の問題から、ある生徒を停学処分にする旨の掲示を仰いでいる学友たち。三人の服装はマチマチだが、洋装の制服とちがって、和装の場合は個人個人の選択の許容範囲が比較的広いのがふつう。絹物は禁ずるとか、袂の長さは何寸以下とか、それも言い渡しだけで明文化されていないとかで、個人の好みを生かすこと、流行を採り入れることなどが、かなりの程度迄は生徒任せが多かった。(大丸 弘)
ID No. N20-004
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1920(大正9)年7月20日号 6面
画家・撮影者 渡部審也(1875-1950)
小説のタイトル 闇と光(30)(4(7))
作者 長田幹彦(1887-1964)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7jog:[女学生]
D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vfu:[振袖;袂]
Vhaf:[袴(女性)]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
Wzo:[草履;草鞋]
Whak:[履物一般(靴以外)]
時代区分・年代 20世紀前半;1920(大正9)年
国名 日本
キーワード 女学校;女学生;海老茶袴;かかとの高い靴;ぞうり;スリッパ;アンバランス
男女別 女性
体の部分 全身