近代日本の身装文化(身装画像)
説明 平塚雷鳥のこの作品は4月1日の第1回からわずか二週間で中絶した。彼女が主宰していた【青鞜】の創刊は四年前で、1915(大正4)年といえば雷鳥の主張する男女平等説に対する世間の風当たりはますます強く、青鞜は廃刊に追い込まれた。その一方であたらしくはじまった自身の家庭生活を支えていかなければならないという、彼女にとっては厳しい時期であった。しかしそのこととこの日の本文とは関係ない。雷鳥は日本女子大を卒業しているが、〈新しい女〉問題等のため卒業生名簿から除籍された(1990年代に復籍)。この作品は彼女の学生時代の経験をもとにしている。水道橋駅で出逢った大学の先生の姿が、その後五,六十年の、戦後の日本の標準的な勤め人とちがう点といえば、かなりクラウンの高い帽子をきちんと被っていることと、カラーがハイカラーであることとだろう。この時代の紳士ズボンは細身で、こうした特色はほぼ欧米の、とくにアメリカンスタイルの影響をゆっくりと受け容れたもの。(大丸 弘)
ID No. N15-003
出典資料 時事新報
発行年月日 1915(大正4)年4月2日号 8面
小説のタイトル 峠(2)
作者 平塚雷鳥(平塚明子)(1886-1971)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G3:[駅舎;空港]
D4kyo:[教員]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Pov:[オーバーコート(外套)]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
時代区分・年代 20世紀前半;1915(大正4)年
国名 日本
特定地域 東京;水道橋
キーワード 大学の先生;立ち襟;スタンドカラー;男性洋装
男女別 男性
体の部分 全身