近代日本の身装文化(身装画像)
説明 煮豆売りの老人とその娘。娘は暮らしを補うために麻繋ぎの内職をしている。この時代の行商にはなんの規制もなかったから、これといって手に職のない人間が、僅かの資金で取っつきやすいのが、小さい荷を担いで歩く行商だった。そのために食べ物の行商の中には非衛生なものも少なくなかったろう。食べ物商売はだから身綺麗であった方がよく売れ、身なりに構わない、水っぱなを垂らしているような小汚い老人は呼ぶ人が少なくなる。学校教育のおかげで、とりわけ主婦の衛生知識が向上し、中にはかなり神経質な主婦も増えはじめた。振り売りや屋台の飲食物はだんだんと商売がしにくくなってゆく。この娘は二十二、父一人、娘一人のため、もう嫁き遅れている歳。引っ詰めの銀杏返しとは自分で結んだのだろう。素人が自分の手で結んだ髪は、どうしても固い感じになる。メリンスの帯は、この時代種類が豊富で、安くて派手な柄が多く、娘っ子向き、だった。国産メリンスの生産高が輸入高を超えたのがだいたいこの時代。(大丸 弘)
ID No. N15-004
出典資料 読売新聞
発行年月日 1915(大正4)年10月26日号 6面
画家・撮影者 石井滴水(1882-1945)
小説のタイトル 虎公(2):秋晴(2)
作者 佐藤紅緑(1874-1949)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2ni:[日本髪一般]
D2ic:[銀杏返し]
Vob:[帯]
Wkas:[傘]
時代区分・年代 20世紀前半;1915(大正4)年
国名 日本
キーワード メリンスの帯;番傘
男女別 女性
体の部分 全身