近代日本の身装文化(身装画像)
説明 雨の用意をして主人の出迎えに急ぐ老婢。自分は番傘を差し、主人のためには凝った柄のついた細身の蛇の目を腋に抱え、手には高足駄をもっている。この時代までの東京の生活道路には舗装といものがなかった。雨が降ると道がすぐにぬかるみ、また水溜まりができる。駒下駄や日和下駄は天気のよい日のもので、これで雨の中を長く歩いたりすると、足袋を汚したりハネをあげたりする。第一、この頃の下駄は表付きが多かったから、上等の表や鼻緒を汚したくない。この時代の道が如何に悪かったかは、駅近くに屋敷のあったある大臣が、雨の日は駅まで下駄で行き、駅で靴に履き替えて登庁した、という新聞記事があったことでもわかる。(大丸 弘)
ID No. N00-004
出典資料 読売新聞
発行年月日 1900(明治33)年12月5日号 3面
小説のタイトル 続々金色夜叉(7)(2)
作者 尾崎紅葉(紅葉山人)(1867-1903)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jki:[気象条件(雨,雪,強風,強い陽射しなど)]
D007:[女の老人]
Wkas:[傘]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 19世紀終わり;1900(明治33)年
国名 日本
キーワード 番傘;蛇の目傘;高下駄
男女別 女性
体の部分 全身