近代日本の身装文化(身装画像)
説明 江戸時代には、場所柄などで、「身分を隠す」という必要のある人が多かったようだ。またそれほどの必要もないのに、なにかのとき顔を隠そうとする風習があった。維新後はそういう風習も廃れたが、明治の前半期にはまだ、町中で頬被りの人をけっこう見かけたようだ。この絵は、これから人を襲おうという悪書生が、襟巻で顔を隠しているありさま。ふたりとも律儀に半山高帽を被り、後ろの着流しの男は、その帽子と顎にかけて、襟巻を手拭い風に頬被りしている。一昔前なら頭巾で顔を隠す、というところだが、この時代は女のお高祖(コソ)頭巾に比べて、男の頭巾はすっかり廃れ、老人やお坊さんや赤ん坊が大黒頭巾を被るくらいになる。半天着の連中がにわか雨にあって、その半天を頭からひっ被って駆けだすという光景は、似たことなら現代でもないではないだろう。(大丸 弘)
ID No. CH1-003
出典資料 改進新聞
発行年月日 1888(明治21)年2月10日号 2面
画家・撮影者 橋本周延(楊洲周延)(1838-1912)
小説のタイトル うつし絵(15)
作者 須藤南翠(南翠外史)(坎坷山人)(彩幻道人)(1858-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Vhao:[羽織]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
Pu0:[アンダーウエア]
Wkus:[靴下]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
Wtu:[杖;ステッキ;松葉杖]
時代区分・年代 19世紀後半;1888(明治21)年
国名 日本
キーワード 山高帽子;竪縞のきもの;羽織紐;頬被り;頬かぶり;シャツ;仕込み杖
男女別 男性
体の部分 全身