近代日本の身装文化(身装画像)
説明 植半楼に近い向島堤の雪の夕べ、左の若者は柏崎生まれの医学生、数寄屋町の芸者にスッカリ入れ込んで前途は真っ暗。被っているトーク型の猟虎帽(ラッコボウ)は少し余裕のある男性のこの頃の流行。綿入れを何枚か重ねた上に黒羽織、その上に丈の短いマントを着ている。胸の組紐飾りからも安物ではないことが察せられる。すれちがいに見返っているのは情人の数寄屋町芸者。女の母親に間を裂かれて、いま二人は逢うのもままならない。蛇の目傘の下はお高祖(コソ)頭巾、コートが普及するまでは、女性の雪や雨の日の外出は難儀だった。二人とも足元は当然、爪革を被せた高足駄。(大丸 弘)
ID No. C17-070
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1884(明治17)年3月11日号 2面
小説のタイトル 縁の糸筋(1)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jki:[気象条件(雨,雪,強風,強い陽射しなど)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vwa:[男性和装外套]
Wkas:[傘]
Wzu:[頭巾;覆面]
時代区分・年代 19世紀後半;1884(明治17)年
国名 日本
特定地域 東京;向島
キーワード 雪;ラッコ帽;組紐飾り;蛇の目傘;高下駄;御高祖頭巾;おこそ頭巾
男女別 男性;女性
体の部分 全身