近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京へ出張しようという代言人、つまり弁護士を中に挟んで、左側の妻は最後に手渡す蝙蝠傘と山高帽とを持っている。右側は留守中の事務所を任された若者。代言人は格子風の柄のきものに子持ち縞の羽織を重ねている。その上に着ているのは、縞の靴足袋に靴を履く代言人が引回し合羽を着るとは考えにくいので、黒羅紗の西洋マントだろう。手に持っているのは当時のカタログに提げ鞄とあるもの。ほぼこの時期に鞄という字が使われ出した、と言われるが、かなりあとまで、革包と、二字に書く人もあった。(大丸 弘)
ID No. C14-073
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1881(明治14)年10月29日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wkus:[靴下]
Wka:[鞄]
Wkas:[傘]
Vhao:[羽織]
時代区分・年代 19世紀後半;1881(明治14)年
国名 日本
キーワード 代言人;弁護士;山高帽子;縞柄;靴足袋;洋傘;蝙蝠傘;こうもり傘;竪縞の羽織;竪縞のきもの
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥