近代日本の身装文化(身装画像)
説明 新橋・浅草間に乗合馬車の開通したのは1874(明治7)年だった(→年表〈現況〉1874年 「乗合大馬車開通」東京日日新聞 1874年7月31日1面)。その後、各地で同様のものができたらしいが、道路の整備が遅れていたため揺れがひどく、ずいぶん悪口も言われた。また軽くするためたいていは屋根があるだけの車体なので、乗っている人は外から丸見えだった。当時、手拭いで顔を隠すことを禁じられていて、それは馬車の中にも適用されていたので、街路をパトロールの巡査が車中の乗客に注意することもあったという。(大丸 弘)
ID No. C14-065
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1881(明治14)年6月25日号 2面
小説のタイトル 阿春の話説:昨日の続
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G74:[馬車]
D4gy:[運転手;車掌;乗務員;操縦者;御者]
時代区分・年代 19世紀後半;1874(明治7)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 馭者(ぎょしゃ);鞭
男女別 男性;女性
体の部分 全身;上半身;坐臥;群像