近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉二挺の怪しい車に不審尋問をする巡査。巡査は、この時代、1メートルほどの警棒だけが武器だったので、三尺棒などと侮られることがあった。車夫の服装は〈人力車規則〉などによってかなり喧しく規制され、脛(スネ)を出すことも禁じられていのだが(→年表〈事件〉1883年4月 「警視庁より人力車組合への口達」東京日日新聞 1883年4月5日3面;→年表〈事件〉1883年5月 「人力車夫その他で股をあらわして歩く者を取締」読売新聞 1883年5月16日1面)、けっこう黙認も多く、ときどき思い出したような検挙があったようだ。しかし前方の車夫の恰好は、東京府内ではまず認められないだろう。(大丸 弘)
ID No. C11-008
出典資料 都新聞
発行年月日 1904(明治37)年2月27日号 1面
小説のタイトル 実話 悪縁塚(99)
作者 橋本埋木庵(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ji:[人力車夫]
Whac:[鉢巻;ヘッドバンド]
G790:[人力車]
D4ke:[警察官;目明かし]
時代区分・年代 19世紀後半;1878(明治11)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 巡査
男女別 男性
体の部分 全身