近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉後ろに立つ警察官は警部補。一般の警官は警棒を持たされていたが、警部補以上は佩刀(ハイトウ)が認められていた。逮捕されている男は大地震喜蔵という名のある悪党で、下帯(フンドシ)と派手な大柄の浴衣の上に、細かい格子柄――流行の弁慶か――のきものを重ねている。やくざ者らしく身体には総刺青がある。刺青はこの時代、新しく入れることは禁じられていたのだが、海外での評価が高く、来日した外国の皇族が刺青をして帰った(→年表〈現況〉1881年12月 「刺青の流行」東京日日新聞 1881年12月27日4面)などということも評判になって、取り締まりは徹底しなかった。(大丸 弘)
ID No. C11-005
出典資料 都新聞
発行年月日 1900(明治33)年8月3日号 1面
画家・撮影者 富岡永洗(藻斎永洗)(1864-1905)
小説のタイトル 吉原心中:新比翼塚(87)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ke:[警察官;目明かし]
D4ya:[やくざ;博徒;ギャング]
Vyu:[ゆかた]
D3had:[肌脱ぎ;胸のはだけ・くつろげ]
D0bo:[入墨;彫り物;ボディペインティング]
Pfun:[下ばき;ふんどし]
時代区分・年代 19世紀後半;1878(明治11)年頃
国名 日本
キーワード 警部補;帯刀;刺青;入れ墨;褌(ふんどし)
男女別 男性
体の部分 全身;坐臥