近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉馬車は、乗り慣れていた外国人が持ち込んで、開化直後から東京・横浜で利用されはじめ(→年表〈事件〉1871年11月 「横浜に馬車規則触出」【金港雑報】1871年11月)、1872(明治5)年にはかなり多くなってきたため〈馬車規則〉が公布されている(→年表〈事件〉1872年4月 「馬車規則公布」1872年4月2日)。府内の道路の近代化は馬車の発達に押されて推進されたともいえよう。1874(明治7)年には銀座通りに乗合馬車が運行されるようになり(→年表〈事件〉1874年1月 「銀座通りに馬車道落成」東京日日新聞 1874年1月7日2面)、1882(明治15)年には線路を敷いた鉄道馬車が開通する(→年表〈事件〉1882年9月 「鉄道馬車開通」東京日日新聞 1882年9月6日3面)。(大丸 弘)
ID No. C10-028
出典資料 絵入自由新聞
発行年月日 1885(明治18)年5月19日号 2面
小説のタイトル 浮名の立花
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G74:[馬車]
D4gy:[運転手;車掌;乗務員;操縦者;御者]
時代区分・年代 19世紀後半;1877(明治10)年
国名 日本
キーワード 馭者(ぎょしゃ);鞭
男女別 男性;女性
体の部分 全身;上半身;坐臥