近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉吉原の花魁(オイラン)が、むかし命を助けられた恩のある男が客として登楼したのに出逢う。女郎の着ている「しかけ」(=裲襠(ウチカケ))の下は長襦袢。男は代言人ということで立派な髭を生やしている。客の着ているものは、入浴後に店で貸してくれたきもの。[都新聞]の実録シリーズはどの作品も読者の大きな支持があったが、本編も例に漏れず、この時代の風俗、とりわけ廓詞(クルワコトバ)(=里詞(サトコトバ))について、大通(ダイツウ)の落合芳幾翁より綿密な教示があった。(大丸 弘)
ID No. C10-003
出典資料 都新聞
発行年月日 1900(明治33)年?月?日号 1面
画家・撮影者 富岡永洗(藻斎永洗)(1864-1905)
小説のタイトル 吉原心中:新比翼塚(35)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Vuc:[打掛]
Vna:[長襦袢;襦袢]
D1hi:[ひげ]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
時代区分・年代 19世紀後半;1877(明治10)年
国名 日本
特定地域 東京;吉原
キーワード 花魁(おいらん);娼妓;遊女;女郎;仕掛け(しかけ);裲襠(うちかけ);代言人;弁護士;長火鉢
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥