近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉花魁(オイラン)たちの、客をめぐってのいさかい。右側の女の髪は娼妓独特の赭熊(シャグマ)。明治期の花魁は吉原でもむかしのように大仰な櫛笄を用いなくなった代わりに、髪を思いきり大きく、高く結うようになった。こういう傾向はある程度は太平洋戦争後まで続く。本来は髪を膨らますのに入れる髢(カモジ)を赭熊といい、もともとは赭熊の毛を使ったという。しかし、女郎のこういう髪型も赭熊と呼んでいる。(大丸 弘)
ID No. C10-004
出典資料 都新聞
発行年月日 1900(明治33)年6月3日号 1面
画家・撮影者 富岡永洗(藻斎永洗)(1864-1905)
小説のタイトル 吉原心中:新比翼塚(37)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ni:[日本髪一般]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
時代区分・年代 19世紀後半;1877(明治10)年
国名 日本
キーワード 花魁(おいらん);娼妓;遊女;女郎;赭熊髷(しゃぐままげ);赤熊髷
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥