近代日本の身装文化(身装画像)
説明 この時代、私服の刑事は探索方と称していた。私服といえば和服がふつうだったから角袖という俗称もあった。1886(明治19)年には刑事、特務巡査はかならず着袴するようにという指示(→年表〈事件〉1886年1月 「着袴の指示」朝野新聞 1886年1月30日4面)があり、この頃までに刑事という言い方ができていたようだ。挿絵の探索方は羽織袴で、C09-050では高帽まで被っている。これは当時の犯人逮捕場面の絵ではふつうに見られることで、1886年の着袴の指示も、かならずしも犯人逮捕の現場にまでそれを求めているとは思えないが、どこかまだ、お役人による召捕り、という意識が受け取れる。(大丸 弘)
ID No. C09-052
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1876(明治9)年6月7日号 1面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ke:[警察官;目明かし]
Vhao:[羽織]
Vham:[袴(男性)]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
時代区分・年代 19世紀後半;1876(明治9)年
国名 日本
キーワード 私服刑事;探索方;羽織袴;犯人逮捕
男女別 男性
体の部分 全身;坐臥
関連情報 C09-050, C09-052