近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉本文には「吾妻橋の袂にてハタと出会いたる一輌の車の上には角袖の男と相乗りなし、三四人正服巡査に前後を取囲まれて此方に来る人は(……)」とある。角袖は和装のことで、私服の刑事だろう。相乗りの人力車はかなり早い時期から広く利用されていたが、この年1876(明治9)年の11月には和歌山県で男女の相乗りを禁じている(→年表〈事件〉1876年11月 「和歌山県で男女相乗りの人力車を禁ずる」読売新聞 1876年11月13日2面)。記録は知られていないが、和歌山だけのことではなかったかもしれない。日傘を思わず取り落とした女の髪は銀杏返しだろうが、髱(タボ=後ろ髪)も髷もぐっと下に引いた品の悪い結い方。(大丸 弘)
ID No. C09-011
出典資料 都新聞
発行年月日 1900(明治33)年8月16日号 3面
小説のタイトル 実譚 江戸さくら(128)
作者 渡辺黙禅(1870-1945)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ic:[銀杏返し]
Wkas:[傘]
D4ke:[警察官;目明かし]
D4ji:[人力車夫]
G790:[人力車]
時代区分・年代 19世紀後半;1876(明治9)年
国名 日本
特定地域 東京;吾妻橋
キーワード 角袖;和装;日傘;下品な髪型
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥