近代日本の身装文化(身装画像)
説明 日本橋本町の唐物屋の前で、泥酔した馬子が馬を門口に繋いで寝かけたのを咎められ、腹を立てて放尿しようとしたため巡査につかまった、という事件。この馬子は本郷二丁目の者だとある。本郷あたりに馬子など住んでいたのかとも思うが、馬子の曳く馬力は明治大正を越えて第二次大戦中までも、都会のだいじな貨物運送手段だった。馬を街中で飼うことはできないから、郊外か街はずれに馬小屋をもつ、親方に所属しているのがふつうだったろう。邏卒の名が巡査に改まり制服制帽が制定されたのが前々年(1874年)の2月のこと。袖に金色の筋があるので横筋さんと呼ばれたらしい。フランスに真似たひさしの小さい丸帽は紺色の羅紗製、下端、正面に水色のテープが巻かれている。(大丸 弘)
ID No. C09-029
出典資料 東京平仮名絵入新聞
発行年月日 1876(明治9)年1月9日号 1面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ke:[警察官;目明かし]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
時代区分・年代 19世紀後半;1876(明治9)年
国名 日本
特定地域 東京;日本橋本町
キーワード 巡査;横筋さん;丸帽;馬子;馬
男女別 男性
体の部分 全身