近代日本の身装文化(身装画像)
説明 鳥取生まれの士族某が恋の怨みから神戸元町の料亭の娘を襲い、駆けつけた邏卒(ラソツ)に捕縛されたという事件。このたび犯人の男が絞罪に処せられたという報道で、絵の殺傷事件そのものは前年9月の出来事。しかも絵柄は芝居がかりだから、リアリティーを考えるのはあまり意味がない。本文中で「邏卒」と呼んでいるが、この職名は1874(明治7)年2月に「巡査」に改められているはず。しばらくのあいだは馴れた呼び方も使われたのだろう。その巡査の被っている丸帽は、警視庁で制服とともに制定された(→年表〈事件〉1874年2月 「巡査の制服制帽制定」郵便報知新聞 1874年2月13日1面)。しかしそれは東京府だけのことで、全国的に整ったのは1890年代のことになる。(大丸 弘)
ID No. C08-016
出典資料 平仮名絵入新聞
発行年月日 1875(明治8)年4月17日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ke:[警察官;目明かし]
時代区分・年代 19世紀後半;1875(明治8)年
国名 日本
特定地域 兵庫;神戸
キーワード 邏卒
男女別 男性;女性
体の部分 全身;横臥