近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉連載第1回なので生玉神社門前でたまたま出会った四人の人物の紹介。娘は大形の浴衣に黒繻子と鹿の子の昼夜帯を締め、日傘を手に、とあるが、挿絵の方では日傘でなく団扇を手にしている。大形の浴衣、という言い方は現在なら中形というべきところ。連れ立つ五十ばかりという老婆を描く筆法はいくぶん粗っぽすぎて、毛筆の打ち込みや筆癖がきもののかたちをすっかり崩してしまっている。後ろのふたりの男のうち前に立っているのは上本町の質屋の隠居、後に従う丸坊主は俳諧や茶道の師匠で、小紋の単物に黒絽の被布、という宗匠の出で立ち。江戸時代、こうした人たちは、一部の町医者同様、裕福な町人を取り巻いて生活の資を得ていたようだ。(大丸 弘)
ID No. C05-015
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1883(明治16)年8月23日号 2面
小説のタイトル 新編 踈籬の蕣花(まがきのあさがお)(1)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H806:[神社]
D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D007:[女の老人]
Vyu:[ゆかた]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wou:[扇子;団扇;扇風機]
Vhi:[被布]
時代区分・年代 19世紀後半;1872(明治5)年
国名 日本
特定地域 大阪;生玉神社門前
キーワード 浴衣;うちわ;質屋の隠居;宗匠
男女別 男性;女性
体の部分 全身