近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京の某私立高等女学校の生徒たちが、早春の公園を散策している。卒業間近の十五,六歳という年頃で、肉体的にも知的にも現代に比べて未成熟ではあっても、文中にもあるように十六か十七で嫁に行く女性がけっこういたから、すべてについて今より子どもっぽかったとは言えないかもしれない。廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)の前髪がもっとも突き出されたのはこの時期といわれる。ほとんどが自分の手で結われるということもあって、そのもっとも極端な例がこの年頃の少女に見られたにちがいない。ショールはいちばんそれぞれの好みの強いおしゃれで、さまざまなかたち、素材のものが既製品として売られたが、この時代はマフラーといっていいくらい比較的小型のもの。(大丸 弘)
ID No. A10-051
出典資料 都新聞
発行年月日 1910(明治43)年1月22日号 3面
画家・撮影者 井川洗厓(1876-1961)
小説のタイトル 人と人(1)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
D7jog:[女学生]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Vhaf:[袴(女性)]
Vhao:[羽織]
時代区分・年代 20世紀初め;1910(明治43)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 庇髪;ショール;書生羽織;リボン;公園
男女別 女性
体の部分 全身;群像