近代日本の身装文化(身装画像)
説明 地方都市の医専の学生と細菌学の教官。第12回は教室、第13回は研究室。この時代の高専、大学の教師は黒のフロックコートで教壇に立つのがふつうだった。立襟のフロックコートは今日の背広か、せいぜいダブルの背広の感覚ともいえるが、ただしそれは現代とは違う大学と大学教官の地位/身分についての社会的認識とを、あわせて理解する必要がある。また、教室は神聖、といったことを第二次大戦後でも口にする人はあったが、この時代それは当然のことと考えられていて、教場での、起立、礼、という習慣も、ごく自然に受け容れられていた。(大丸 弘)
ID No. A10-052
出典資料 都新聞
発行年月日 1910(明治43)年2月4日号 3面
小説のタイトル 人と人(12)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H851:[教室]
H803:[授業・講義・講演・演説の壇上]
D4kyo:[教員]
D4ga:[学生・生徒(男子中学生以上)]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
時代区分・年代 20世紀初め;1910(明治43)年
国名 日本
キーワード 細菌学の教官;立ち襟のフロックコート;スタンドカラー;医専の学生
男女別 男性
体の部分 全身;上半身;群像
関連情報 A10-052, A10-053