近代日本の身装文化(身装画像)
説明 華族家の姉弟を水害の危難から救ったため、その別荘に招かれた霞ヶ浦辺の漁師のことし十五になる娘。二晩目もお姫様と一つ蚊帳の中で、まるで同衾といってもいいくらいピッタリひっつけた蒲団で寝かされた。客に対する、これが精一杯の好意の表れと信じている人はいまでもあるようだ。この時代は掛布団はふつう袖のついた掻巻なのだが、夏のことなので四角い夏布団を掛けていて。顔の当たる縁にはお約束の黒い天鵞絨の布が縫いつけてある。敷布はもう普及していたが縦長の白布で、横には折り込まないから蒲団の柄が見える。枕は日本髪用の高枕。束髪もけっこう大きい髱(タボ=後ろ髪)があるから、やはりこの方が寝やすいかもしれない。漁師の娘は来たときは自分の手で結った日本髪風の髪だったが、商売人の手でハイカラな束髪に結い直されている。(大丸 弘)
ID No. A10-048
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1910(明治43)年10月30日号 7面
小説のタイトル 水晶の家(14)
作者 江見水蔭(怒濤庵)(1869-1934)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Jhu:[ふとん・ベッドに横たわる;寝道具]
時代区分・年代 20世紀初め;1910(明治43)年
国名 日本
キーワード 高枕;掛け布団;黒ビロードの布団襟カバー;シーツ;敷布;蚊帳
男女別 女性
体の部分 上半身;横臥