近代日本の身装文化(身装画像)
説明 免囚保護という慈善事業にのりだそうという貴婦人同盟会。その同盟会の幹部のひとりが、ある有力者のもとを訪れて、協力を求めている。「客は美しい訪問服を着た判事夫人である」とある。訪問服という言葉は1890年代半ばには現れているが、さかんに使われるようになったのはこの時期。ある流行案内には、「最も売れ行きの可いのは、やはり引きつづき縞御召」(→年表〈現況〉1904年5月 「春の袷」【新小説】1904年5月)とある。訪問着という言い方は少し遅れる。夫人の縦型束髪は、この時代ではいくぶん古風な、前、横を膨らませないタイプで、夜会巻などもその一種。あるいは夜会巻かもしれない。(大丸 弘)
ID No. A03-013
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1904(明治37)年2月1日号 8面
小説のタイトル 新生涯(36)(9(1)):勧誘員
作者 田口掬汀(1875-1943)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7me:[名流婦人(この年の名流婦人の写真)]
D2so:[束髪(前期縦型の)]
D2ya:[夜会巻]
Vho:[訪問着]
Vob:[帯]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
H310:[応接間;客間;居間;小集会室;サロン;食事以外の家族的情景]
時代区分・年代 20世紀初め;1903(明治36)年;1904(明治37)年
国名 日本
キーワード 無地の訪問服;紋付き;お太鼓結び(房付き);帯揚げ;横顔;側面;椅子;テーブルクロス
男女別 女性
体の部分 全身