近代日本の身装文化(身装画像)
説明 旧大名家の姫君でいまは「軽薄才子」と謗る人もある弁護士の妻。相愛の男性はあったが遁(ノガ)れられぬ義理に縛られてその人に背いての辛い結婚だった。妻とはなったものの、心の通わない日々――というのがこの女性のいまの姿。第8回,第9回,第10回は、欄干越しに聖堂の森を臨む二階の縁端で、団扇を片手に食後の夕涼みの時間を過ごす夫婦。しかし言葉の縺(モツ)れから諍いになる。夫は白絣の単に兵児帯という、夏の男なら十人中八,九人までしている恰好。妻はその夕涼みと第5回の紋附とは場合がちがい、着ているものもちがうが、髪型は同じ束髪。この時期の束髪は縦型から平たい型への移行期で、廂(庇)(ヒサシ)はまだ突き出ず、その代わり看板でも立てたように上に高くなっている。髷の結び様にあまり特色があるようには見えないので、そそり立つ高さがこの時期の特色と見ることができる。下田歌子式、あるいは川上貞奴式といわれたスタイルがこれだろう。(大丸 弘)
ID No. A03-011
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1904(明治37)年1月1日号 4面?あるいは13面?
画家・撮影者 阪田耕雪(坂田耕雪)(1871-1935)
小説のタイトル 新生涯(5)(2(2)):情と義理
作者 田口掬汀(1875-1943)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2so:[束髪(前期縦型の)]
時代区分・年代 20世紀初め;1903(明治36)年;1904(明治37)年
国名 日本
キーワード 下田歌子式;貞奴式;白襟紋付き
男女別 女性
体の部分 上半身
関連情報 A03-011, HC03-013, HC03-014, HC03-015