近代日本の身装文化(身装画像)
説明 滋賀県枇杷島小学校の遠足の情景。枇杷島から2キロの垂井駅で汽車に乗り大垣下車。大垣の寺社に詣でて二時に帰りの汽車に乗る、というスケジュール。帰りの汽車が大垣駅を発車する頃に予期せぬ雨が降りだした。しかも満員で、とても児童の全員は乗車できない。そこで引率教員は駅長と談判、無蓋貨車を応急に一両連結してもらい、女生徒だけはこの無蓋貨車の方に乗せた。そのため女の子たちは遠足に着てきたよそ行きを雨に濡らし、「むなしく叫び泣き悲しみ嘆きたる(……)」と。挿絵は春霞の中、学校を出発して間のないころで、みんな生き生きしている。先頭に近い教員は高帽に、あるいはフロックコートを着ているのかもしれない。袴を穿いている男子生徒といい、女の子たちも帯をけっこう大きくお太鼓に結んでいる。この行事を遠足ではなく、運動会と称していて、また運動会とはいえ一日の修学旅行、ともいっている。すべて当時の学校行事というものの、堅苦しさが感じられる。(大丸 弘)
ID No. N99-006
出典資料 朝日新聞
発行年月日 1899(明治32)年12月7日号 7面
小説のタイトル 戦の人(38)
作者 加藤眠柳(生年不詳-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jens:[遠足;ピクニック]
Jdt:[団体旅行者]
D002:[女の子(小学生くらい)]
D012:[男の子(小学生くらい)]
D2ni:[日本髪一般]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vham:[袴(男性)]
時代区分・年代 19世紀終わり;1899明治32)年
国名 日本
特定地域 滋賀;枇杷島
キーワード ふくら雀;お芥子;お太鼓結び;学生帽;山高帽子
体の部分 群像