近代日本の身装文化(身装画像)
説明 上野停車場の混雑する改札。このくだりの主要人物は中央やや左、黒の山高帽に縞の羽織の男と、島田髷のその娘。どちらもあとからくる下女の方を見返っている。このふたりの衣裳付けは念入りで、とりわけ宝飾品につては、「無造作に捲き附けた浜縮緬の兵児帯へ、金鎖をやけに絡んで、七,八匁から十匁もありそうな金の指環を、節くれ立った両手へ二個ずつ嵌めている」のが父親。帯締めに、「下げ緒打の烏金(シャクドウ)好みのパチンとに托し、指環もルビー入りの小さいのを嵌めている」のが娘。帯締めはそれまでの打紐に対して、1880年代(明治10年代)に金属のいわゆるパッチンが現れた。これはその数年前の廃刀令で不要になった、刀の目貫を利用したのがはじめ、という説がある(大西白牡丹主人「婦人用装飾品」【婦人界】(金港堂) 1904年5月)。烏金というのは赤銅の別称で、この時代の振り仮名によくあるように、べつの言い方や説明を振り仮名にしている。(大丸 弘)
ID No. N99-005
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1899(明治32)年10月27日号
画家・撮影者 阪田耕雪(坂田耕雪)(1871-1935)
小説のタイトル 黒装束(3)(1)
作者 小栗風葉(1875-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G3:[駅舎;空港]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vhao:[羽織]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
時代区分・年代 19世紀終わり;1899明治32)年
国名 日本
特定地域 東京;上野
キーワード 改札口;山高帽子;鳥打帽子;鳥打ち帽子;竪縞の羽織;小紋のきもの;男性洋装
体の部分 群像