近代日本の身装文化(身装画像)
説明 フランスに行って絵の修行をしたいと念願している若い洋画家のもとに、願ってもない話がきた。注文主はある裕福な商家の隠居、外遊の費用を出すという条件で、この上はないという美女と、最下等の醜婦人の二幅対を描いてほしいという。第1回は挿絵担当の右田年英がそのできあがりを想定して描いたもの。絵師は美女なら描き慣れているから、いつも通りの鼻筋の通ったつり目おちょぼ口を描いておけばよい。それに比べて隠居の指摘するとおり「天然の醜婦」というのはめったにいるものではないから、かえってむずかしい。怪我ややけど、アザなどは天然、つまり生まれつきではない。第2回では、注文主の隠居は床の間を背にして座布団に座り、下座の絵師は座蒲団も手あぶりも与えられていない。年英はよく知っているはずだから、これがこの時代の画家とパトロンの関係だったのだろう。また、金持ちの老人というとかならず、座敷でぬくぬくした襟巻すがたに描かれるのがきまりのようになっていて、不自由のない家であっても、年寄りには寒い室内だったことが想像される。(大丸 弘)
ID No. N94-004
出典資料 朝日新聞
発行年月日 1894(明治27)年12月28日号 5面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 室咲南瓜花(1)
作者 幸堂得知(東帰坊)(1843-1913)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7sh:[小説のヒロイン;挿絵美人(この年の評判小説中の美人)]
Vka:[掛襟]
Vhan:[半襟]
D2sim:[島田;高島田]
時代区分・年代 19世紀終わり;1894(明治27)年
国名 日本
キーワード 浮世絵美人;醜婦;黒襟;羽子板
男女別 女性
体の部分 上半身
関連情報 N94-004, N94-005