近代日本の身装文化(身装画像)
説明 元旗本の御新造が夫に先立たれ、仕立物の賃仕事などで幼い子どもとの生活を守っていたが、思いきって柳橋から芸者に出る、というこの時代にはめずらしくない筋書。ただしこの日の挿絵は、そういう筋書きよりはるか先を行っていて無関係。芸者はしていても子どもと一緒に住んでいるために、客と遠出でもこんな親子のような様子になれる。お座敷にはもちろん島田を結わねばならず、長いこと人妻の丸髷だったため最初は「恥ずかしいやら味気ないやら」だった。しかし今日は好き勝手な束髪を結っている。客の男はモーニングに縞のズボンの三揃えで、遊びに行くにしてはずいぶん堅い恰好だが、モーニングはこの時代、後々の時期の背広並みに考えられていた。一般に洋服の受容において、カジュアルウエアの導入がもっとも遅れている。(大丸 弘)
ID No. N94-003
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1894(明治27)年11月8日号 5面
小説のタイトル 峯の白雲(29)
作者 宮崎三昧(三昧道人)(1859-1919)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Wkas:[傘]
D013:[少年(ほぼ中学生の年頃(12~15,16歳))]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vhao:[羽織]
D2ni:[日本髪一般]
Wka:[鞄]
G790:[人力車]
時代区分・年代 19世紀終わり;1894(明治27)年
国名 日本
キーワード 制服;モーニング;中折帽子;中折れ帽子;山高帽子;小紋のきもの;黒羽織;竪縞のきもの;ボストンバック;ハンドバック
男女別 男性;女性
体の部分 全身