近代日本の身装文化(身装画像)
説明 貧しい辻占売りの若者が商売をしているのは根津遊廓。根津の八重垣町あたりにあった遊廓は1889(明治22)年に深川の洲崎に移転しているので、このくだりの時代の下限がわかる。一種の簡易おみくじである辻占(ツジウラ)は、江戸後期から明治時代にかけて、こうした花街のように迷信深い娼婦や、無駄金を使いに来ている人間の多い場所で商売をしていた。吉凶の単文の書いてある紙片を、たいていは巻き煎餅に挟んで売った。ほとんど元手いらずの商売だから、この主人公のように木賃宿で食うや食わずの生活を送っている人間や、ごく小さい女の子などでもできた。廓(クルワ)には手拭いで頬被りしているものが多い。被り方にもその人なりの工夫があり、吉原被りは有名だが、もうこのころにはいくぶん大時代な風になっている。中央手前、豆絞りの手拭いでしているのは盗人(ヌスット)被り。(大丸 弘)
ID No. N93-003
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1893(明治26)年8月11日号 2面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
タイトル
小説のタイトル 草枕(12)
作者 島田澄三(生没年不詳)[遺稿];渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)[添刪]
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G016:[妓楼(窓・格子のみも含む)]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
時代区分・年代 19世紀終わり;1893(明治26)年
特定通称名
国名 日本
特定地域 東京:根津
キーワード 遊郭;盗人被り;盗人かぶり;着流し;提灯;手提げ箱
男女別
体の部分 群像
関連情報
著作権情報
備考