近代日本の身装文化(身装画像)
説明 商用で二,三カ月以上かけて九州方面へ出掛ける店主父子と、番頭格のこの物語の主人公の若者、供の手代と下男、それに見送りの人々が今、腕車(ワンシャ)、つまり人力を連ねて新橋の東京駅に着いた情景。店の主人は変り縞のきものに小紋の羽織、懐都合のいい連中の好んだ猟虎(ラッコ)の帽子。北海道方面のラッコはこの時代、日本や外国の狩猟船が取り放題であったため個体数が激減、数年後には免許制となり、やがて日本近海にはその姿が見られなくなる。中央手前の若主人の着ているオーバコートは、それまでの鳶外套に代わってこの時期に流行がはじまっている。『衣服と流行』(1895年)によると俗に「オーブル」と呼んでいたらしい。その後ろに従っている主人公と二人ともホンブルグ風の高帽。主人公の薫はモーニングを着ている。一般にこの時代は第二次大戦に近い時代であったらとても着られないような、礼装に近い服装――モーニング・コートやフロック・コート――を日常にも着ていて、背広の普及は遅れていた。(大丸 弘)
ID No. N91-002
出典資料 やまと新聞
発行年月日 1891(明治24)年7月15日号 x面
画家・撮影者 水野年方(1866-1908)
タイトル
小説のタイトル 嫉妬(22)
作者 条野採菊(採菊散人)(1832-1902)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G3:[駅舎;空港]
Vhao:[羽織]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Pov:[オーバーコート(外套)]
Wka:[鞄]
時代区分・年代 19世紀終わり;1891(明治24)年
特定通称名
国名 日本
特定地域 東京;新橋
キーワード 縞のきもの;小紋の羽織;ラッコ帽;ホンブルグ帽;モーニング;鳥打帽子;鳥打ち帽子;竪縞の羽織
男女別
体の部分 群像
関連情報
著作権情報
備考