近代日本の身装文化(身装画像)
説明 六十をすこしすぎた、大阪の老画家の旅姿。第12回は年明けまもない頃の雪の中を、大阪から奈良河内あたりまでの小旅行。第18回は東海道を汽車にも乗らず、夏のさなかにここで五日、かしこで十日と泊まり歩いての徒歩旅行。しかしその恰好は着ているものばかりでなく、振分け荷物から蝙蝠傘までほとんど違っていない。いちばんの違いといえば雪の中のラッコ帽が、8月の小田原では、茶店の縁台に置いた黒ラシャの中山高になっているくらい。江戸時代以来、日本人は、寒ければきものに裏を付け、綿を入れ、それを着重ねることで対応した。雨合羽以外に外套と言えるような、屋外や遠出のためにだけ用いられる服種はなかった。旅の画家が上に重ねているのは道行という名の上っ張りで、御隠居さんや絵描き、俳諧の宗匠などが、家の外でも中でも用いた。昔ながらのものなので、形や名称に小さな違いや、異説がある。(大丸 弘)
ID No. HC89-003
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1889(明治22)年1月18日号 3面
小説のタイトル 筆はじめ(12)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D017:[男の老人]
D5ry:[旅装;旅姿;旅装束]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vwa:[男性和装外套]
D3ka:[重ね(着);重ね方]
Vmom:[股引]
Vta:[足袋]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wkas:[傘]
Wkab:[笠]
Jki:[気象条件(雨,雪,強風,強い陽射しなど)]
G051:[小規模の門;しおり戸;女のもとを訪れる男;大和絵風情景]
時代区分・年代 19世紀後半;1889(明治22)年
国名 日本
キーワード 大阪の画家;ラッコ帽;道行;日和下駄;振り分け荷物;洋傘;蝙蝠傘;こうもり傘;枝折戸
男女別 男性
体の部分 全身
関連情報 HC89-003, HC89-004