近代日本の身装文化(身装画像)
説明 この時代、なにかと旧弊な人間のことを天保老人といって笑った。天保最後の15年(弘化元年は12月2日改元)は1844年で、この新聞の出た1890(明治23)年では、四十代半ば以上の人は天保かそれ以前の生まれだった。本編に登場する天保老人は年こそ五十歳の天保生まれだが、近頃はめっきり開けた様子で、「娘お金を先ず束髪に結わせ」、女房も遅れじと「数十年堅固に保存し来たりたる京阪髷をやめて、お初の三番形を入れて俄の丸髷、なれど流石昔の忍ばるるは、頭のてっぺんにある膏薬(コウヤク)禿」とある。挿絵の丁稚を従えた娘は、上巻の束髪で切前髪、髷の根に造花をあしらって東京の女学生風。女房に京阪髷という髷はないが、江戸では幕末以後、既婚女性はほとんどが丸髷で、そうでなければたまに気分を変えて銀杏返しを結うくらいだったのに対し、京阪は喜田川守貞の『守貞謾稿』(1837年~)の時点で、四十数種類が挙げられている。頭のてっぺんの禿げるのは、根のきつい髷を結うせいだという。(大丸 弘)
ID No. H01-066
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1890(明治23)年10月4日号 3面
画家・撮影者 歌川国峰(1861-1944)
小説のタイトル 天保商人(4)
作者 木内伊之助(愛渓逸史)(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7re:[令嬢モデル]
D2so:[束髪(前期縦型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vhan:[半襟]
Wou:[扇子;団扇;扇風機]
D4de:[丁稚;小僧]
時代区分・年代 19世紀後半;1890(明治23)年
国名 日本
キーワード お嬢様;女学生風;上げ巻;切り前髪;切下げ前髪;造花;帯揚げ
男女別 男性;女性
体の部分 上半身;群像