近代日本の身装文化(身装画像)
説明 軍隊ものの第1回の挿絵が、美人芸者の大首とは読者を驚かしたにちがいない。1911(明治44)年の日本は、まだ苦労知らずの平和な時代だった。本文中の下士官二人の会話中にも、富士見町などと遊び場の名前が出てくる。兵隊さんは大金は持っていなくても金離れがよく、また一般の労働者などと比べて清潔でもあったから女には歓待された。この髪は芸者に多い芸子髷、櫛で鬢(ビン=横髪)を掻くのは、日本髪では鬢は構造的にいちばんデリケートな部分で、鬢の乱れがいちばん目立つため。(大丸 弘)
ID No. E16-003
出典資料 下野新聞
発行年月日 1911(明治44)年4月24日号 1面
画家・撮影者 名和永年(生没年不詳)
小説のタイトル 偉丈夫(1)
作者 隠れ簑
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D2ni:[日本髪一般]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
時代区分・年代 20世紀前半;1911(明治44)年
国名 日本
キーワード 大首絵;美人芸者;芸子髷;鬢(びん)
男女別 女性
体の部分 頭部;上半身