近代日本の身装文化(身装画像)
説明 翌日の本文に次のような説明がある。「式台の前に、薄鼠地に松葉を刺繍(ヌイ)した将校マントを着て、廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)の上から軽織(ウスモノ)を被った十六七の美人が立っていた(……)」。マントといえば高等学校の学生の専売のようだが、この時代女性もマントを着ることがあって、それは一般に将校マントという殺風景な名で販売していた。頭から被っている薄物というのはもちろん“veil(ヴェール)”のこと。この四,五年以前から、主に三越がさかんに宣伝して、流行らせようと努力していた。もっともその前に、ほこりっぽい東京で生活する女性には、西洋の女性が用いているヴェールが向いているのではないかという提案が、外国帰りの知識人からあって、呉服店がそれに飛びついたようだ。流行はほぼ十年ぐらい続いた。(大丸 弘)
ID No. E16-001
出典資料 国民新聞
発行年月日 1911(明治44)年12月14日号 6面
小説のタイトル 花地獄(14)
作者 五竹園(小川栄)(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7sh:[小説のヒロイン;挿絵美人(この年の評判小説中の美人)]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
Wbe:[ベ-ル]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Pma:[マント]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
時代区分・年代 20世紀前半;1911(明治44)年
国名 日本
キーワード ヴェール
男女別 女性
体の部分 全身;上半身