近代日本の身装文化(身装画像)
説明 12月初めの逗子。この辺りは避寒を目的の家族のための貸別荘が多く、ふたりの少年が覗いている塀の中にも、いま新しい一家が越してきた。東京都心へ一時間内外の通勤圏である三浦半島から湘南海岸は、夏の海水浴場のほか、冬季三,四カ月の避寒地としても利用される。兄弟は小学生らしく学生帽を冠っている。挿絵の略画では夏冬の区別はつかないが、男の子といえばこの時代、年中を通して筒袖の、揚げをした絣木綿のきものに兵児帯、と決まっていた。男の子を対象にした調査でも、圧倒的に絣に人気がある。ただし本文中に「綿衣(メンネル)の穿袴下(ズボンシタ)を穿いた小さな足」とあって、外衣に比べて肌着類は、十年も二十年も洋風化が先行していた。(大丸 弘)
ID No. E14-001
出典資料 東京日日新聞
発行年月日 1907(明治40)年1月1日号 4面
画家・撮影者
タイトル
小説のタイトル 富と愛:春待つ門(1)
作者 柳川春葉(1877-1918)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D012:[男の子(小学生くらい)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vkat:[肩揚げ]
Qkas:[絣]
Vob:[帯]
時代区分・年代 20世紀初め;1907(明治40)年
特定通称名
国名 日本
特定地域 神奈川;逗子
キーワード 学生帽;筒袖;飛白木綿;兵児帯
男女別 男児
体の部分 上半身
関連情報
著作権情報
備考