近代日本の身装文化(身装画像)
説明 主人公の捨吉は十二,三で靴屋に奉公に出されたが、妹の梅子は同じ年頃になると芸者屋に売られ、二十にはまだ間がある年頃で、西南戦争(1877年)の前の年、鹿児島のある軍人の妻となるために落籍される。年齢は親子ほどもちがったが。挿絵は三三九度の杯事の夜の花嫁姿。この時代は大家は大家なりに貧乏人もそれなりに、とにかく杯事は嫁入り先の家の一間で、それも夜におこなうのがふつうだった。打掛を着ることは稀だった。綿帽子は被れば現在のものよりずっと深く、覆面じみたものだったためか、素面が多かったようだ。高島田の懸物、飾りは多かったが、筥迫(ハコセコ)はまだ知られていなかった。きものは黒の裾模様で、花嫁衣裳というより女の礼装として用意されるものだったから、貸衣裳などなかったこの時代、あと役に立たない大振袖などを着る花嫁は滅多になく、多くは留袖だった。振袖のこの花嫁は、その点は芸者の出らしいといえる。(大丸 弘)
ID No. D10-081
出典資料 報知新聞
発行年月日 1898(明治31)年8月24日号 x面
画家・撮影者 鈴木華邨(1860-1919)
小説のタイトル 捨子の出世(17)
作者 長野楽水(生没年不詳)[編];村井弦斎(1863-1927)[閲]
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jkr:[婚礼と、その関連行事,花嫁]
D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2sim:[島田;高島田]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vfu:[振袖;袂]
時代区分・年代 19世紀終わり;1898(明治31)年
国名 日本
キーワード 花嫁姿;高島田;髪飾り;簪;裾模様の振り袖のきもの;屏風;盃台;お銚子
男女別 女性
体の部分 全身