近代日本の身装文化(身装画像)
説明 正月二日,六日、二日間の読み切りだが、その物語の筋と直接には関係のないお正月風景。新年の紙面にはよく、おめでたい景色や七福神など縁起物の絵が掲載される。春着姿の雛妓(オシャク)の羽根つき風景などもよく見られた。挿絵ともいえないこの絵もそうしたものだろう。門松に日章旗を飾っている家の門口で、五,六人の子どもがお正月の遊びをしている。男の子が袂のあるきものを着ているのは見慣れない人もあるだろうが、これは正月にかぎったことではなく、東京の下町にはそうした習慣のあったことを、谷崎潤一郎が『幼少時代』のなかに書いている。右端の子の被っているのは日清戦争(1894年,1895年)当時の軍帽のケピ。直接には維新直後にフランス陸軍から受け容れたもので、日本の陸軍制度が1888(明治21)年以後ドイツ式に改められたのちも、この帽子は生き残った。少女たちの足もとは、綿入の襲(カサネ)のきものの裾袘(フキ)が、塗りの木履(ポックリ)を重く覆っている。幼い女の子にも、お正月といえば三枚襲を着せる家がまだ多かった。(大丸 弘)
ID No. D07-044
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1895(明治28)年1月6日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 老壮士(下)
作者 宮崎三昧(三昧道人)(1859-1919)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jnn:[年始のひとと街;正月の行事と遊び]
Jkd:[子どもたちの暮らしと遊び]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 19世紀終わり;1895(明治28)年
国名 日本
キーワード 正月風景;門松;日章旗;凧;軍帽;ケピ帽;裾の袘(ふき);木履;ぽっくり下駄
男女別 男児;女児
体の部分 全身;群像