近代日本の身装文化(身装画像)
説明 しもた屋の玄関口で、いまこの家を辞そうとしている娘と、別れの挨拶を交わしている二人の女性。送られている娘の髪は島田。送っているこの家の娘は束髪で、ネットを掛け、前挿しの簪(カンザシ)を挿す。束髪の髷が後ろでまとめられる場合には、網掛けと呼んでネットを使うことがあった。しかし、ネットは日本人の目には違和感がありすぎたか、それほど長く続かなかったらしい。母親の頭はこれでも丸髷の一種で、髪が乏しいために髷も前髪も極端に小さくしたもの。外から、帽子を被った紳士風の男が格子に手を掛けているが、江戸時代、用心のために、しもた屋の格子戸は表店の大戸のくぐりと同じく、身体を屈めなければ入れない高さ、四尺(120センチ)そこそこにしてあった。前屈みの姿勢に慣れたその時代の人には、そう苦にはならなかったのだろう。(大丸 弘)
ID No. D06-118
出典資料 やまと新聞
発行年月日 1894(明治27)年5月2日号 4面
画家・撮影者 水野年方(1866-1908)
小説のタイトル 梅若菜(16)
作者 条野採菊(採菊散人)(1832-1902)[補]
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G023:[日本式玄関構え]
D2sim:[島田;高島田]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
D2so:[束髪(前期縦型の)]
D2ma:[丸髷]
G054:[(小屋掛けなどの)木戸口周辺]
時代区分・年代 19世紀終わり;1894(明治27)年
国名 日本
キーワード 花簪;造花;ネット;お太鼓結び;格子戸;玄関
男女別 男性;女性
体の部分 全身