近代日本の身装文化(身装画像)
説明 ここは広島の陸軍病院、看護婦休憩室で机を挟んで向き合っているのは、いずれも篤志看護婦の女性で、日清戦争(1894年,1895年)の開戦まもない時期に夫を戦場で失った未亡人どうし。篤志看護婦は無資格の女性が、戦地から後送された戦傷病兵の看護の補助に当たったもの。上流社会の女性が多く加わり、看護婦のイメージを上げることにも役立った。白い看護服の胸に赤十字篤志看護婦会の徽章はつけているが、十年ほど前に制定された赤十字看護婦の制服ではない。着物の襟元はふつうの和服で、袖だけが元禄袖よりももっと細い筒袖になっているのは異様に感じられる。ふたりの束髪は右の女性が上げ巻、左の女性が下げ巻などと、「婦人束髪会」時代の名称などに結びつける必要はない。手軽に自分の手で処理しやすいことが束髪の本来の目的なのだから、スタイルや名称の詮議は無駄だろう。(大丸 弘)
ID No. D06-047
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1894(明治27)年11月29日号 5面
画家・撮影者 歌川国峰(1861-1944)
小説のタイトル 少尉の妻(1)
作者 吉本秋亭(吉本義秋)(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H853:[病院;病室;医療施設]
D4is:[医師;看護婦;病人の世話をする人]
D2so:[束髪(前期縦型の)]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
Whak:[履物一般(靴以外)]
H000:[照明;照明具(一般)]
時代区分・年代 19世紀終わり;1894(明治27)年
国名 日本
特定地域 広島
キーワード 陸軍病院;篤志看護婦;篤志看護婦会の徽章;筒袖のきもの;エプロン;スリッパ;ランプ;テーブル;テーブルクロス;椅子;カーテン
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥