近代日本の身装文化(身装画像)
説明 話の筋はややこしいのだが、この場面は夜鷹のうどん屋と、そのうどんを食べている客。うどん屋は手拭いを弥蔵に被り、白っぽいきものの上に襟付きの盲縞の半纏を引っ掛け、三尺帯を結んでいる。膝に継ぎの当たった股引に紺足袋、それに草鞋掛け。少しゆるめに合わせた胸元から紺の腹掛けが見えている。江戸時代の中年以上の男性には痛風患者が多かったらしいが、あまり厚地でもない股引一枚か、それも穿かないような下半身の積年の冷えが、年を取ってからの障害になったのではないだろうか。立ってうどんを食べている客は、骨董屋か古道具屋のような商売の男で、この辺りのお屋敷での仕事の帰り。大きな紋を付けた黒羽織に、袘(フキ)のたくさん見える縞のきものを重ねている。第二次大戦の後になってからの老人が、むかしは紋もお饅頭のように大きく、袘もたくさん出ていて野暮ったかった、という回顧をすることがあったが、その明治・大正期でも、紋の大きさ、袘の出様には、そのときどきのかなりの変化――つまり流行があったのだ。紋附の羽織に山高帽、靴履き、というのは大家に出入りするときの商人の礼装。(大丸 弘)
ID No. D05-058
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1893(明治26)年2月16日号 5面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 指輪の行方:午後十一時(下)
作者 幸堂得知(東帰坊)(1843-1913)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
Vhat:[半天;どてら]
Vob:[帯]
Vmom:[股引]
Ets:[つぎ;繕い]
Vta:[足袋]
Wzo:[草履;草鞋]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vhao:[羽織]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
D5re:[フォーマルウエア;礼装;お祝い着]
時代区分・年代 19世紀終わり;1893(明治26)年
国名 日本
キーワード 屋台;うどん屋;弥蔵被り;弥蔵かぶり;三尺帯;紺足袋;わらじ;商人;山高帽子;黒紋付き羽織
男女別 男性
体の部分 全身;坐臥